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zoom RSS テレビの終焉と、亀田興毅の第二幕。

<<   作成日時 : 2009/11/30 18:19   >>

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今、亀田興毅が今日のタイトルマッチを振り返るテレビ番組に出演している。試合後とは思えないきれいな顔だ。わずかに左目瞼が赤く腫れている程度で、ほとんど打たれていないことがよく分かる。

ビデオで全ラウンドを振り返りながら、各ラウンドでどんなことを考えていたのかを話し、そしてバッシングの嵐の中の2年間をどんな思いで過ごしたか、落ち着いた調子で話している。

「内藤選手は、強いし、いい選手ですよ。実際拳を交えてみたら、さすがチャンピオンやって思った。」
「きつかったですよ。ものすごいバッシングやったから。何をしてても、メシを食っても、ああ、いい気分やなあって心から思えたことは1回もない。」
「その間もずっと応援しててくれたファンのみんなにどうやって喜んでもらえるかずっと考えてた。オヤジのためにもファンのためにも勝つことでしか返されへんって思ってた。」
「試合前は盛り上げるためにもいろいろ言ったりするけど、終わったらボクサー同士や、なんにもないよ。」

キャラ作りのためでもあっただろうタメ口はほぼ消え、自然な敬語で話す。おそらくはこれがふだんの目上に対する言葉遣いなんだろう。いかにも劇的な言葉を引き出そうとあれこれ水を向ける司会者を意に介さず、淡々と自分の本音を語っている。シンプルで、正直で、フェアだ。既にチャンピオンの風格を備え始めている。

過去の出来事が今日の勝利できれいさっぱり帳消しになったわけではない。反則指示の事実は決定的に重い。しかし、制裁を受け、そのことに向き合い、苦しみながらも自分を鍛え上げ、そして今日フェアに戦ったことも事実だ。

今日の亀田選手を見ていたテレビ局関係者や、スポーツ選手のマネージメント会社など、人気を金に換えるビジネス関係者はざわついているところではなかろうか。
いや、僕の仕事もそういうことと無関係ではない。僕は新生亀田興毅に大きな魅力を感じる。

バッシング前の人気はまるで一発屋のような危なっかしいものだった。今はもうそうじゃないだろう。彼が本来持っている魅力がそのまま見えるようになった。家族思いで、泣き虫で、正直で、がんばり屋で、チャンピオン。 


ところで、一年ちょっと前に「唐突ですがわたくし亀田家の味方です。」という日記を書いた。
http://saito58.at.webry.info/200810/article_13.html
書いた理由は、寄ってたかっての亀田叩きが不快だったからだ。一年以上経ったというのに、「亀田」と検索すると、そこには必ず罵り、蔑み、嘲笑う言葉が並んでいた。一定の見識を備えているはずの知識人でさえ、自分の文章にちょっと彩りを添えるためだけに亀田を嗤う言葉を付け加えていた。
おまえらえーかげんにせーよ。ちょーしにのんな。いつまでもしつこいねん。

非難の非難を書いてしまった手前もあって、亀田一家ってなんだ?なぜこんなに気になる?と考えざるを得なくなった。 で、気づいた。
亀田叩きは、テレビの終焉を象徴する出来事のひとつでもあるんだなあ、と。

僕らの世代には「テレビ」は圧倒的で絶対的な存在だった。その気になればスターでもアイドルでもカリスマでも自在に生み出すことができた。愛される人気者もヒールという名の人気者も、思いのままに作り出し流通させた。亀田兄弟という商品もテレビによって生み出された。浪速の闘犬がチャンピオンへと駆け上がる物語はテレビを十分に潤してくれるはずだった。しかしその目論見はこれまで通りにうまくいかなくなっていた。

きっかけはもちろん大毅の反則試合。しかしそれが理由じゃない。

繰り返すが、テレビは絶対的で圧倒的な権力装置だった。テレビが用意したお仕着せの物語を僕らは受け入れ、一時の慰めを得た。スターの誕生をワクワクと迎えた。そして落ち目になるとあっけなく見放した。その頃には新しいスターが用意されていたからだ。そんなふうにテレビの思惑に沿うことに違和感を待たない頃が確かにあった。
しかし、その力はいつの間にかすっかり色褪せていた。
それがいつ頃からなのかはっきりしない。インターネット?そうかもしれない。やらせ報道やデータのねつ造などテレビがテレビを俎上にのせるようになった時期とネット社会の興隆期は重なっていそうだ。テレビの言葉は信用を失い、検索が取って代わった。もちろんこれから先もテレビは相当長く続くのだろう。しかし絶対的な存在ではなくなった。

そうして、気づくとテレビという言葉から何でも生み出す魔術性は消え、送信機と受信機と映像の箱に還元していた。魔術性を失った箱がそのことに気づかず、新たな手品を仕掛けた。ネタは丸見えだ。なんだ、俺たちはこんなマヌケな手品に引っかかっていたのか。バカにするな。

おそらくこれが亀田バッシングを加速させたモノの正体ではないか。


新チャンピオンはバッシングに苦しんできたことを言葉少なに振り返って見せた。その表情は落ち着いていた。既に彼にとっては過去の出来事なのだ。

「テレビ」の終焉と共に、亀田家のドタバタ第一幕も終わりを迎えた。
ここから先は、テレビによるお仕着せではなく、父が託した物語でもなく、亀田興毅自身の物語が始まる。




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