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サントリー オールフリーCM 三浦友和と榮倉奈々の組み合わせがたまらんのよ。

2011/04/29 23:57
いいねえ。




見るべきポイントはたくさんあるが、今回はセリフ。
「ねえ、パパ」
「んんー?」
「なんでもないー。」

って、うまいねえ。ほんとに。
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Amazonすごいなあ。返品送料まで無料だった。

2011/04/24 02:01
昨年11月1日、Amazonが全商品の配送料を無料にしたのには驚いた。なにしろ250円とか300円の商品を一個だけ買ってもただで玄関まで運んでくる。え、、?どういいうこと? ちょっと待ってくれ、配送料って確か1個七百円ぐらいかかるよな。それがタダってなに?  不思議でしょうがないがどれだけ首をかしげようが今日も淡々と320円のセロテープ1個とかが各地でで運ばれ続けている。おそらく日本中にハコビーと呼ばれる亜種が存在してて、彼らはとにかくいつも何かを運んでないと死ぬんだと思う。

それだけでも十分驚いてたが、先日さらに驚くことが。
ペンタブレットを買ってみた。長く使ってるのがあるが、ふと新しいのはどのくらいかしこくなってるか気になった。あれこれ見てるとなんだかずいぶん使いやすくなってる様子。勢いでポチッた。当然翌日淡々と届いた。しかし使ってみたら思ったほどじゃなかった。半日使ってみた結論は「なーんだ、いらねー。」
しょうがないからオクで売ろうと思ってたんだけども、「待てよ、返品したらどうなるんだろ」と思い立って調べてみたら、なんと全額返金、送料も無料と判明。手数料的なもんも全然いらない。えええええ。
返品理由の選択項目があって、もしかすると、その内容如何で変わるのかもしれないけれど。

とにかくさっそく返品、二日後にはサクっと「返金処理終了しました。」の通知。
もうね、なんかね、どういうかね、すごいなあっていうか、ありがたいのにうまく納得できなくてぼーっとしてる。
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原発より餅の方がはるかに危険だ。という説。

2011/04/07 09:59
ネット論壇の某有名人が「原発事故で死者は出ていない。原発は自動車よりも安全だ。」と珍説を振りまいている。をいをいだいじょうぶか。

そんな理屈が通るなら、原発よりも餅の方が危険ということになる。餅を喉に詰めて亡くなる人は年間数百人以上。事故死者のない原発とは比較にならないくらい危険だ。どうする。来年からお雑煮は格納容器の中で食べるのか? 
タンスの角はどうだ? あぶないぞ。僕は原発で骨折したことはないが、タンスの角で足の小指を骨折したことがある。どうだ? 完全にタンスの角のほうが原発より危ないということになる。それでいいのか?

言うまでもないが、誰でも危険なものには慎重に対処し、危険でないものには油断する。だからこういう逆転も起こるわけだ。だからといって餅が原発より危険だとは誰も言わないし、車のほうが危険というのも間違っている。

原発をやめるべきか、あるいは続ける道もあるのか僕にはまだわからないが、いくつもの欠陥がだんだん明らかになるに従って、やっぱり原発はやめた方がいいんじゃないかと考えるようになった。

原発は万一にも事故を起こさないよう安全にできていなければならない。当たり前だ。しかし今回、その構造も、運用も、監視する制度も欠陥だらけのボロボロだということがわかった。微細な欠陥が潜んでいたというのではない。特に安全を評価する仕組みは馬鹿馬鹿しいほどデタラメだった。そしてさらに、起こってしまった事故に対しての無策ぶりは世界を慌てさせている。

昨日も福島原発三号炉の設計者である上原春雄佐賀大学学長が、会見で「外付け循環方式の冷却方法を提案したが受け入れられなかった」と明かした。
http://www.ustream.tv/recorded/13809885
上原氏は「任せてもらえれば、収められた」とはっきり口にしていた。

東電が大学への寄付などで教授たちを手懐け想定される地震の大きさを低く見積もらせていたことも、設計の前提をはるかに超える津波の可能性を確認していながらあえてそのデータを隠していたことも、経産省・原子力安全委員会・保安院・東電・原子力専門家・メディアのもたれあい馴れ合い構造も、何もかもが深刻で重大な裏切りだ。
こうした例がぞろぞろと毎日のように聞こえてくる。それらを考え合わせれば今回の事故は「想定外」どころか起こるべきして起こったと言うべきなのかもしれない。

東電幹部や安全委員たちはこうした実態を知りながら一体どうやって自分を納得させていたのだろう。事故もありうると考えていた疑いさえ浮かぶ。自分は遠く安全圏に暮らしながら。

何しろはっきりしたことは、今の制度は全く役に立たないということだ。なんたら委員会などというものは気休め以上に機能することはない。身を呈して警鐘を鳴らすヒーローも制度の内部からは登場しなかった。

それでも日本が原発を選ぶという可能性はまだ残るだろうか? おそらくは今後の収束のさせ方次第で大きく変わるんだろうと思う。汚染が広がれば日本の推進派が如何に巧妙に国内を誘導しても世界が許さないという形で原発を捨てることになるのかもしれない。

もしも何らかの理由で存続させるしかないとしても、電力会社や、政府や、なんとか委員会に安全を委ねるような制度は絶対にダメだ。「想定外」連呼で真っ先に責任逃れを考える専門家などというものがあてにならないことは十分わかった。

誰かに安全を委ねるのではなく、国民一人ひとりがその危険を十分に理解し、関わり、自分で責任を負う制度を作り出すしかないように思う。

「私は反対だったんだ」が許されない方法で結論を出し、国民一人ひとりが安全を担う当事者になるという仕組みは作れないだろうか。そういう重い負担を強いるやり方が唯一正しい方法ではないかと思い始めている。
徹底的に情報を開示し、全員が当事者として議論し、原発ありなしのメリット・デメリットを理解し、直接採決に参加し、運用上の安全維持にも当事者として参加する。

これまでとは比較にならない手間とコストが必要になるが、これまでのコストの算出の仕方が詐術だったのだ。

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タバコ始めた。COHIBA mini (コイーバ・ミニシガリロ 10s)

2011/04/01 16:35
タバコをやめておよそ三年。
あるときふとやめてみたんだが、そしたらそのまま大してほしいとも思わずすっかりやめていた。だからみんなに不思議がられるけど、「絶対にやめないといけない」って気負いもなく、なんとなくやめたから楽だったのかも。もともと吸っていた量が少なかったせいもある。

その後も欲しくてたまらないってことは全然なく、たまに酒の席で人が吸ってるのを「おいしそうやなー、一本ちょうだい。」ってもらいタバコしてるが、それもその時だけ。翌日すごく欲しくなったりはしない。

やめておきながらなんだけども、今でも世間が言うほどタバコが体に悪いとは思ってない。過剰に吸うのは良くないだろうけど、例えば食後に吸うぐらいならきっといい効果のほうが大きいんじゃないかと思ってる。
美味しいタバコでフワーッと緊張がほぐれて、ゆったりした気分になれる。で、よし、と切り替える。そういう楽しみ方まで咎めるのは行きすぎじゃないかと思う。

というわけでシガリロを買ってみた。COHIBA mini。正確にはミニシガリロ、と言うらしい。

画像


普通の紙巻たばこより細いのが十本で1450円。高級品やね。
香りはいい。詳しく説明できないが、木みたいな、森みたいな複雑で落ち着く香り。甘さはない。
最初っから両端切ってあるから、火をつけるのも吸うのも特に紙巻と変わらない。

細くても葉巻だから、燻らせるものなんだけど、つい肺まで吸い込んでしまう。強い。三回くらい吸ったらくらっときた。吸い込んじゃだめ(笑)。

太い葉巻のコイーバも吸ったことはあるけど、それに比べれば香りの濃密さははるかに及ばない。けど、うまい。満足。
見た目も大層すぎなくていい。細いのにきちんと丁寧に巻いてあって、キューバの人案外几帳面だな。きれいに巻いてあってもそこはやっぱり葉っぱだから一本ずつ形も色も微妙に違う。そういうところもいい。
他のも試してみたくなった。
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