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TWO 2 SIXTY

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TWO 2 SIXTY
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ツーツーシックスティ CM演出家・映像作家。斉藤五十八(齋藤五十八)のブログ。映像のこと、広告のこと。
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選挙どうする?

2012/11/23 00:11

投票にはもちろん行くんだけどもどこに入れたらいいの? みんなどうする?

維新はどうして太陽とむりやり一緒になったかなあ。そんなに石原さん人気ある? 今でもある? 東京はそうなのかなあ。

死ぬまでに一回首相をやってみたかったって言うおじいちゃんのわがままに付き合わされてるように見えなくもない。無理だろうけど。

橋下さんは独自のキレの良さを貫いたほうが今後の可能性は大きかったんじゃないのかと思う。

地域主権、道州制、原発、TPP、消費税、どれも、橋下嫌悪派が言うほどにはブレてない。修正を繰り返しながらも大筋には一貫性があった。先日太陽と一緒になるまでは。 

覇道に流れず、王道を行ってほしかったなあ。ざんねん。

自民コリゴリ、民主がっかりはそのまま。というわけでどうしたらええのかさっぱりわからん。
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Die Antwoord - "Fatty Boom Boom"がひどい

2012/11/20 13:00
ダイ・アントワードの10月に発表されたMVが話題だそうなので観てみた。
500万アクセスもじきに突破しそう。



いっやー、おもしろい。過激。めちゃくちゃ。
ガガ様だけじゃなく、世界中に喧嘩売っちゃってるな。
ヤバいアイコンを世界から寄せ集めたデタラメにも見えなくはないけど、それだけじゃないヌケの良さと快感があって目が離せなかった。
上っ面だけ観て言うのは不謹慎かもだけど、ホントおもしろい。
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ラグビー関係者各位、選手の皆さん、メディアの皆さんに提言。ネットに動画あげようぜ。

2012/11/05 17:56
先日7人制ラグビー日本代表が男女ともW杯出場を決めた。
さて、7人制代表どんな感じなのかと思って動画を探すけれども全然ない。男子も女子も。僕の探し方が悪いのかもしれないけれどもそれにしてもあんまりにも見つけられない。ちょっとひどすぎじゃないかと思うわけだ。

もっともっと自由にラグビーの試合の動画や練習の動画やインタビューや何かをネットにあげればいいんじゃない?

誰かが何かのきっかけで7人制ラグビーがオリンピックの種目になることや、日本でラグビワールドカップが開催されることや何かを知ったとして、せっかくいくらか興味を持ったとしても、見れん。ぜんぜん見れん。テレビでもCSでもネットでも見れん。しゅうーーっと興味が引いていく。

動画あげようぜ。

Jspoさん、テレビ局さん、しばらく目をつぶろうぜ。
選手の皆さんも肖像権とかいうの?それしばらく放棄してくれない?

例えば1分以内の動画は全部黙認。どう?
国内の試合は全部撮影自由ってことに出来ない?
Jsportsの放送から切り出したのも1分以内ならもういいや全部好きにやれって感じにできない? 無理?


やった方がいいと思うよー。

2016年7人制ラグビーオリンピック正式種目決定。2019年にはラグビーワールドカップが日本で開催される。(因みにラグビーW杯は、サッカーW杯、オリンピックに次ぐ世界で三番目に大きいスポーツイベントだ)
さらに最近ではパナソニックの田中史朗がハイランダーズ(世界最強のラグビーリーグ、スーパー15のチーム)入り決定っていう歴史的大快挙もあったし、盛り上がる材料はこれでもかってくらい揃いまくりなのに、なにこれこの萎み方。ほんまやばい。

動画あげまくろうぜ。

権利関係とかは協会のラグビー人気盛り上げ担当の人が汗かいてくれたら何とかなりそうな気がしないでもないんだけどなー、、、外人選手以外なら。
はい、戯言です。空言です。絵空事です。すんません。でも可能性ゼロじゃないよね。
権利はもっと稼げるコンテンツに育ててから考えるってことにして、暫定措置的に何とか、、だめ?


以下にこういう動画見たいぞ。ネットにあげればラグビー人気急上昇するはずってのを挙げとく。
因みに全部1分以下がいいと思う。短いほうがネットに馴染むし見られやすいからね。

・田中史明(日本初スーパー15選手!!)ベストパフォーマンス集
・今週(節)のベストトライ。
・今週のベストタックル。
・今週のベストジャッカル。
・ケガで休んでる早稲田の藤田義和(史上最年少ジャパン)がケガの間にケツを大きくしたらしい。ちょっとケツ測ってみてくれ。
・話題のサントリー34フェイズトライ(連続攻撃の回数。10月20日対パナソニック。1分超えるので部分。)。
・サントリーのシェイプ(攻撃の型)が典型的に分かるフェイズ。
・女子が見たい女子が見たい女子が見たい。


以上。
ちょっと偉い人、なんとかならんもんでしょうか。
実現したら盛り上がりまっせー。
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十三人の刺客の稲垣吾郎

2012/06/07 15:23

三池作品はケレンが目的化してしまうところがある。まあ、そのサービス精神が魅力でもあり、時に物足りなさを感じさせる理由でもある。

例えば適役の松平なりつぐに、稲垣吾郎を持って来たのもサービス精神かなと思う。これまで稲垣吾郎が演じてきた内面の空虚さはなかなか薄気味悪くて魅力的ではある。しかし今回は松平なりつぐの異常性に通じるところはあってもその存在感は藩主の器とはズレを感じた。
もっと普通の人、普通の身分の人を演じた方がより怖くて魅力的にやれると思う。

四肢を不具にされた女の見せ方も、三池監督ならではの露悪趣味。見世物小屋に興奮する人間の本性をよく知った上での、これも「サービス精神」だろう。


刺客が集まっていく成り行きや、一つの集落に呼び込んでの戦闘、敵を封じ込める仕掛けなど、七人の侍と似たところが色々ある。まあ、七人の侍に似るなと言われてもムリなのかもしれんが。残念ながらそのどれもが少しづつ精緻さとアイデアに欠け、血糊の量を奮発してふんだんな工夫を盛り込んだアクションも、格別な魅力というまでには至らない。

サービス精神を戦闘シーンに集中して、観客を呆然とさせるくらい暴力の凄まじさで圧倒できていれば、結果もっと残るものがあっただろうと思う。
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世に流布する間違いを正すべく、本当のコーヒーの淹れ方を伝授する。

2012/02/24 12:37
以前に、世の中の勘違いを一掃するために、正しいコーヒーの入れ方を伝授すると予告して、すっかり忘れて放置していた。気づくと2年と8ヶ月ほどすぎている。時の立つのは早いもんだ、、、。すまん。今から書く。

豆はよく売れている店で買う。ピッキング(不良豆を目で見てはじく)してくれる店で買う。この二つは絶対。
自分の行動範囲にそういう店がないという場合は、どうしたらいいかわからん。諦めるのがひとつ。それは嫌だと言うなら通販かなあ。買ったことないから試してどうだか教えてくれると嬉しい。

手挽きのミルで挽く。挽くんだから当然豆のまま買ってくる。挽いたのを買ってきたら挽けない。回しても回してもすかすかするはずだ。その前に気づけ。

電動ミルのほうが速くて便利だが、電動ミルは抽出に不適な細かすぎる粉が出る。チャフと呼ばれる薄皮とはまた違った、微粉。これが雑味になる。…いや、まて。今ちょっとググッたが、高い電動ミルは微粉も出ず味も手挽きよりいいらしい。ええ?そうなのか。みんな電動ミルを買え。カリタのハイカットミルがどうやら評判いいぞ。

豆はそういう感じで、淹れ方はペーパーフィルターがいい。ネルなんかないない。めんどくさすぎてどうせ続かない。ペーパーが正解。ただ、とことん味に拘る人は紙の味が不快だったりするらしい。すごいな。

ペーパーフィルターにも形が最近2種類ある。以前はカリタの穴三つのを使ってた。一番良くあるやつ。今は穴一つの円錐形のを使ってる。まあ、こんなものでそんなに味が変わったりしない。好きな方を使え。

お湯の温度は89度が最適だ。それより高くても低くても味に影響する。温度計がなければ買うか、あまり温度には拘らないようにするかどちらかを選べ。

さて、ドリップ。ここからは大事だ。気を抜くな。
ポトポトと落とし全体を湿らせる。この時お湯を落とす形にいろいろ流派があって、今は花弁の形にくねくねと落とすのが主流だ。誰かが見てるならそうしろ。

要は全体を湿らせる。その後、十数秒蒸らすと大抵の指南書には書いてあるんだが、蒸らしは要らないって人もいる。しかし迷うことはない。どうせお前も運動不足だろう。その間十回ほどスクワットをすればいい。健康にいいぞ。

そして二回目のドリップ。これをくるくると渦巻き型に落とす人がいるが、全く必要ない。ただただ真ん中に落とすだけで、きれいに対流してくれる。粉だらけなのにほんとに中でクルクル対流すんの?と思うが、そこは人を信じろ。あと、真ん中に落としてるだけだとなんとなくつまらんけどな。我慢するしかない。渦巻きに落としたら負けだ。

そして後は飲むだけだが、ノートパソコンからは遠く離して置け。
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カーネーションの尾野真千子のキワキワ

2012/02/23 13:11
話題のカーネーションの尾野真千子。
最初っから良かったけど、どんどん弾みがついてちょっとしたトランス状態ではと思う所にあっという間に到達した。
すごいね。すごいとこまでポーンときたね。

小林薫とのやり取りの頃からアドリブだらけらしい。なるほどなと思うのびのび感。とてもよろしい。
NHKって案外そうなんやね。もっとカターくやるんかと勝手に先入観あった。
リハ繰り返して動きも言い回しもキリッキリに固めてやるのもいいもんやけど、この尾野真千子は泳がせ作戦の大成功例になった。

ほっしゃん参加してから更に加速して、それにもまた何回も大笑いさせてもらった。

でね、そういう「ノリ」で演技やるのには危険もある。いわば悪ノリやね。息が合えば合うほどヤバさも大きくなる。
悪ノリだけじゃなく、「慣れ」つう落とし穴もある。

で、実はここ数回「ん?」があった。「あら?」もあった。ホンのチラッと。
あ、ヤバイなと一瞬よぎった。
新山千春との掴みあいは3ミリだけ空回りした。
子供達に向けるぶっきらぼうが、パターンやったりした。

けどねえ、こっちが過剰にハラハラしてるだけで次のシーンではちゃんと取り戻してる。気持ちの流れに自分を添わせてみて、起こることに向き合う鮮度をもう一回ちゃんと取り戻してる。そこにもう一回感心した。ええ役者やね。

次はかっちかちのをやるといいなと思った。所作の一つ一つを徹底的に締め上げられるような。しらんけど。
とにかく、これから。始まったとこ。この先を追っかけるのが楽しみだ。

いやー、演技ってほんまどこまでもキリ無くむつかしいもんやね。だからキリ無くおもしろい。
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いい機会だから南京の事件はキチンと日中で事実を確認しよう。

2012/02/23 02:34
河村たかし名古屋市長の「南京虐殺はなかったのでは」発言が物議をかもしてるが、これはいいことだと思う。さらに、発言の修正を求められて「一切修正も謝罪もしない。」と言っているらしい。これもいいことだ。

南京虐殺はそもそも東京裁判で、原爆投下の罪を相対的に軽くするために米国にでっち上げられたものとも言われている。
事件後の南京人口が増えていること。事件後そのような大虐殺を伝える報道や通信の記録がないこと。虐殺記念館に証拠として展示されてた写真が次々偽物と判明し回収されたことなどを考え合わせると、やはり数十万人などという規模の虐殺があったとは考えにくい。

ウィキペディアの記事にざっと目を通すだけでも、普通の感覚なら事件の存在そのものが疑わしくなってくるんじゃないかと思う

そうは言ってもやっぱり大虐殺を信じたい人もいて、ついTwitterに嫌味を書きこんでしまったが、

“@isogh: 南京虐殺などについて、とにかく日本は凄まじく悪い事をしたと信じ込みたい人たちっていうのがいる。不思議なことにそういう人は一切調べたりしない。ググったりさえしない。戦時中の日本をより悪く言うほど自分の犯してきた罪が軽くなるという新手の宗教でも流行ってるんだろう。”


この際いい機会だ。河村市長の発言撤回拒否をに乗っかって、日本の方針として、とことん議論しましょうと持ちかけてみるべきだ。

河村市長は意見を交わそうと言ってる。中国は「政治問題にしない」と今のところ大人の対応をしているようでもあるけれど、これって真実追求するより現状の方が中国には得っていう判断なんじゃないかと邪推している。いやいややりましょうと引っ張り出してもらいたい。

村山談話のせいもあって、南京虐殺は世界では事実と受け止められてしまっている。それを日本のメディアも後押ししてきた。

南京虐殺に限らず、濡れ衣と思われる戦時中の事案に疑義を唱える政治家の発言には、脊髄反射的に「歴史修正主義」などとレッテルを貼り、メディア総がかりで潰してきた。それを左寄りの教育を受けてきた国民もなーんにも考えず追認してきた。

なんのためにそんなコトしてきたんだか考えてみると訳がわからない。
政治家も官僚も何考えてたんだ? ちょっと説明してみてくれ。そうするどういういいことがあったんだ?

いずれにしろ、やってもいない罪を着せられたまま上目遣いでヘラヘラしているやつと友だちになりたいとは誰も思わない。友情や信頼関係を諸外国と築きたいなら背筋伸ばさないと。

むろん数は違っていても虐殺はやはりあったという結論に至るのかもしれない。その時には本当に本心からその罪を背負っていくしかないのだと思う。
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音声認識メールの精度が更に凄いことに

2011/12/04 00:01
以前iPhone の音声認識メールというのを使っていた。かなり認識率は高いのだけれど、時々間違えるのを修正するのが面倒で使わなくなっていた。

最近また、すごく認識率が良いという評判を聞いたので改めて再インストールした。
使ってみると確かに認識率が上がっている。ここまでの文章で修正は2カ所。これなら使えそうだ。

それにしても一体どうやって言葉を認識しているのか不思議でしょうがない。
クラウドで処理しているからできるのだというけれども、わかったような分からないような。
大阪弁を試すとやはり認識率は落ちるが、かなり頑張る。

ーーーーーーー
大阪(弁)でもきっちり認識してみせたらそらいない(えらい)もの(ん)なんやけどなかなかそうはいかんわな
ーーーーーー

もしかすると自動音声認識で書かれた小説なんていうのももう存在しているのかもしれない。


追記
訂正する。しばらく使ったら不都合がいろいろ。ちょっと特有の言い回しになるとがたっと認識率が落ちる。固有名詞も手間取ること少なくない。例えばラグビー観戦記事なんか書こうと思うと使えない。やっぱりだんだん使わなくなってきた。ビジネス文書的なもんとか、なるたけ一般的な言い回しで書くならとても強力なんだけどね。
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こっそり書くけどFacebookてちょっとだけアレなことない?

2011/11/24 14:01
すごいいいもんなんだと思うよ、
活用しないとなと思ってる。

んだけどねえ。
なんだろあのFacebookに漂う前向きエネルギー。

みんなが爽やかな笑顔を浮かべて、ポジティブに語り合ってる雰囲気。
充実感を披露しあって褒めあってる感じになんか尻込みしてしまうわ。

いやいや、ぜんぜんいいことです。
拝見してます。感心したりしてます。

いや、そのうちちゃんと参戦するんやとおもいます。けどね、なーんかね。てんてんてん。

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なかなかブログを更新する気にならない

2011/11/24 00:54
なーんか書く気が起こらない。
Twitterで吐き出すからってのもそうだが、もう一個理由に気がついた。

やっぱりあの震災だ。
あまりにも重大な事態を前に、ヘラヘラと適当なブログ書くのが申し訳ないような、ちょっとあんまり気がすすまない感じになってるのだわ。

いろんなことに怒り過ぎたってのもある。
全方位に罵倒を吐き出してしまいそうで、いかんいかん、今は書かないほうがと本能が、、


まあ、それでもまた書こうと思いはじめてもいる。
気楽に、ヘラヘラも混ぜながら、大しておもしろくもないが、気が向いたときにおつき合い下さい。

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ラグビーW杯、オールブラックス戦でのジャパンの大敗は次の二勝を劇的に盛り上げるための布石なのだ。

2011/09/18 17:59
ばさーっと、大敗してしまった。
普段からラグビーを見ていない人たちがたくさん見てくれたと思うけど、がっかりさせてしまったのがくやしい。

もちろん、分かってる人はみんな接戦できるなんて思ってない。ありえない。

僕は、50失点以内に抑えれば大殊勲と思って見てた。それなら感動して泣きながら酒が呑めた。それくらい差がある。
50失点以内なら、がっかりするにわかファンに「ちゃうねん。がんばってん。すごかってん。」って説明してまわった。

それでも83失点はやっぱりとられすぎ。残念。

いや、実力差通りの結果ではある。まあ、力の差はこのくらいだ。主力を温存しての結果と考えれば検討したとも言える。

でもねえ。古くからのラグビーファンはそう思えるけど、「お、ラグビーってW杯やってんの?へえー、見てみるか。」ってくらいのひとは、なんだ、観るんじゃなかった。ってなるよな。

あーーーーー。
くっそーーーー。
確実に強くなってきたんだけどなー。

密集サイドのゴリゴリのパワー突破を止める力は世界に劣ってなかった。
攻撃のブレイクダウンも頑張った。
スピードと小さいつなぎで小さな穴を突く攻撃は通用した。日本が余裕で回してチラッとオールブラックスの慌てる顔も見た。
なんだけどなーーー。

一部通用してもやっぱりオールブラックスはずーっと遙か遠くにいる。


1995年にオールブラックスに145点差負けした。あれでそれ以降の日本でのラグビー人気は凋落した。
そこからじわじわ十六年かけて日本ラグビーは立てなおしてきたんだけど、それをご破算にしてしまうかどうかは残す二戦、トンガ・カナダ戦にかかっている。そこで勝てなければ、あのショックをまた繰り返すことになる。

残す二戦は日本ラグビーの今後10年を左右する戦いになる。
なんとしても進化を見せてトンガ、カナダに快勝しなければならない。

そういう重圧の中だけど、それを力に変えて彼らはきっとやってくれる。そういう予感がしてる。
見逃すな。




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よい広告

2011/09/18 16:50
クレラップは、端っこを取り出しやすいように小さな工夫がしてある。
常識? 知らなかった。


画像
ほんとに引き出しやすい。


画像
閉めても顔がのぞく。
やあ、キミえらいね。


こんなふうにすっとこちらの気持ちに入って来るってなかなか大したことだと思う。めったにラップを手にしないおっさんの心にまで届いたんだから、日常的に使う人にはかわいい、とか、愛着っていうような感情としてしっかり残っていると思う。
いかにも広告然としてないけど、これはまちがいなく「よい広告」。


よい広告ってなんだろうとずいぶん長く考え続けてきたけど、未だに答えに近づいた感じはしない。十代の頃、ぼんやりとテレビを見ながら直感的によいCMを選別してた。あの頃のほうがよい広告とは何かを知っていたかもしれない。

よい広告を見失いそうになってないか時々確認するには、自分の頭の中に「よい広告」をピンナップしておくのがいい。この小さな工夫と、それにつながっている広告の仕組みは今んとこ真ん中にピンナップした。


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なでしこジャパンすごかったねー。解説はもっと解説してくれんかな。いまいちわからん。

2011/07/18 14:54
展開が神がかってたね。うそみたい。
取られて追いついて、取られて追いついて。さいごには、PKでの集中力で圧倒してた。すごいかっこよかった。

延長線で追いついたときには夜中に「うっわー!」っておもいっきり叫んでしまった。ご近所ではちょっと不審がられてるかもしれない。

しかし、やっぱりサッカーって見慣れてないとわからんね。むつかしい。
前半の前半一方的に押されてて「わ、こらあかん。」と思った。
決定的な場面も何回も作られたしね。四点くらい入っててもおかしくなかったんとちがうかな。
やっぱアメリカは強いんやなーと。

それがだんだん日本が持ち直して、ボールキープできるようになるし、チャンスも作れるようになっていった。
やるなー、日本すごいなと思いながら、その変化の要因がいまいちわからん。
やられっぱなしの時は何が悪くて、何を替えて良くなったん?

そのあたりもっとしゃべって欲しいなあと思った。


今このタイミングでラグビーと比べんでもいいとは思うけど、比べるけど、そういうところはラグビーのほうが見てわかる。ラグビー難しいってみな言うけどそれは細かいルール。負けてる時何が要因かは素人でもわかる。

例えば先日のサモア戦ではディフェンスのシステムは崩されてないけど、一対一のタックルが甘くてやられた。そこを改善すれば負けない。それは誰が見てもそう。或いは密集のボール争奪でやられてるから、そこにもっと人数かけるように変えるとか。

もちろん目利きでないと分からんこともあるけど、サッカーよりはずっと簡単だと思うなあ。どちらがいい悪いって話ではなく。

で、言いたいのはその分かりやすくて見てておもしろいラグビーのワールドカップが、9月から始まるよ。めちゃくちゃ激しくて面白いよ。日本はがんばってるよ。
ってこと。

なでしこジャパンすっげー!スポーツ最高!次はラグビーだ!

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個人的にメリル・ストリープのベストは「プラダを着た悪魔」。

2011/06/23 14:29
久しぶりに「プラダを着た悪魔」を観た。
最初の印象と変わらず、よく寝られた脚本に沿ってストーリーが小気味良く展開するのが楽しい。

面白さの震源地は、メリル・ストリープ演じるファッション雑誌の編集長。
タイトルに悪魔とあるように、発した言葉には一言の質問も許さず、絶対服従を強いるファッション業界の大立者。これがハマっている。

メリル・ストリープはデビュー当時からその演技力が注目された。実力派とか、演技に定評のあるとか枕詞がたいてい付いてくる。そのとおりなんだろうけど、いくらかそれが重く感じさせることがある。演技派としての自分、っていう自意識。いや、批判的に言うつもりじゃない。
ただ、今回はいつもより軽い。のびのびと楽しんでる風でもある。それが良かったと思う。だからこちらもその鉄面皮を、鉄面皮の影の涙をそのまま受け取ることができた。

ひとつは彼女の演るスタイルが、いくらかカリカチュアされた役柄、作品のトーンと相性がいいということだと思う。

ふたつめは、この映画がお気楽に楽しんでもらうコメディ映画だということ。メリル・ストリープも肩の力が抜けている。彼女のキャリアの中ではメインディッシュじゃない。デザートみたいなものと彼女自身が位置づけてるんじゃないかと思う。デザートだから手を抜くわけではもちろんない。気持ちが軽い。

みっつめは更に勝手な想像。妄想。
俳優と監督にはやっぱり相性みたいなものがあって、これが案外大きいと思う。所作の一つ一つ全てに意味を持たせる監督もいれば、素材の配合には十分気を配るが、混ぜあわせてみた後は放置。ほとんどたまたま浮かび上がってきたものを上手に掬いとる監督もいる。
デヴィッド・フランケル監督がどういうタイプかわからないが、ググッてみるとセックス・アンド・シティの初期TVシリーズを監督している。想像するに俳優たちをリラックスさせるのがうまくて、事細かに突き詰める監督じゃない気がする。脚本をよく練って、シーンにくっきりとした役割を与えたら後は気楽にどうぞ。ま、憶測だが。

なにしろメリル・ストリープはこの作品の仕上がりを見て、「おや」ぐらいは思ったかも。この映画の中の自分には他の作品にはない良さがある。かも。ってね。


というわけで、この組み合わせが復活するようだ。

トミー・リー・ジョーンズ、新作コメディでメリル・ストリープと夫婦役に
『グレート・ホープ・スプリングス』  http://t.co/SgPFPKg via @AcidJapan_jp

監督も相手役も二転三転してやっと決まったようだ。ジェフ・ブリッジスって話も一度あったようだ。それもかなり魅力的だが、トミー・リー・ジョーンズで落ち着いた模様。どうだろ。なんか頭の中ではしっくり着てないけど…。でも勝手な憶測の精度を確かめる意味でもちょっと観てみたい気になってる。公開は来年らしい。




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犬の殺処分ゼロを目指すオーストラリアのweb video

2011/06/17 16:27
Sydney Dogs & Cats Home: Getting to Zero

http://www.bestadsontv.com/ad/37122/Sydney-Dogs-Cats-Home-Getting-to-Zero
※動画貼り付けがうまくいかないのでリンクを。たぶん会員登録必要です。


擬人化による表現が感動的だ。
長くペットを飼った人が知る犬たちの豊かな感情を、短い映像で誰にでも自然に伝えることに成功している。

日本のペット事情は先進国で最悪と言っていい状況だと、どれくらいの人が知ってるんだろう。
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ブラックスワン雑感。 煮え切らない感想が多いね。

2011/05/24 02:28
Twitterで流れてくる感想は微妙に態度保留なのが多い。すごく泣いたんだけど、感動したわけじゃない。とかね。なんかもやっとしたものが言葉の間に挟まってる。わかる。僕もこの映画をどう思っていいんだかまだいくらか持て余してる。他にも「ホラーやん。」てのもあった。これもよくわかる。

そういう微妙な評価は結局、特殊効果を交えたいくらかこけおどし的とも思える表現をどう捉えるかということかなと思う。
ホラー映画を楽しむ気分なら全然問題ない。むしろ高級な脅かし方で、大抵のことじゃ怖がらないぞと身構えてるホラー上級者の背筋を芯から凍らせることができるだろう。しかしこれはポップコーン片手に見るホラー映画じゃない。そこのところが違和感の理由だ。

この映画が目指した志の部分は評価していいんだと思う。人が高みを目指すことのその真実を描ききろうというわけだ。
いくらかの才能に恵まれた者が、それを完全なものにしようと正に血の滲む努力を繰り返し頂点を目指す。だれにでも与えられる「あなたのできる精一杯の努力をすればちゃんと神様が報いてくれるわ。」式のお手軽な頂点ではない。自分の全存在をかけて努力しても何かが足りなければなんの報いもない。その何かは真っ当なものとは限らない。薄汚いものだったり下らないものだったりする。何であれ足りなければ報いはない。そういうリアルな頂点だ。

監督ダーレン・アロノフスキーは努力を称えることはしない。全てをかけて頂点を目指すことは、全てをかけてきたからこそ底知れない恐怖との戦いでもある。アロノフスキーの興味はそちらへ向かう。なぜならそれが彼にとっての真実だからではないかと思う。ならば存分に、彼の信じる真実に向きあえばいい。ところがどうも必ずしもそうなっていない気がしている。

ナタリー・ポートマン演じるダンサーの恐怖を描くときに感じる「ホラーみたい」は、「ホラー映画みたいに怖い」ということじゃない。ホラー映画が人間をきちんと描くことよりも怖がらせることを優先させるあの感じのことだ。いや、この映画がホラー映画並みというのは言いすぎ。もしかして新しい表現で唸らせてやろうというような功名心がダンサーの真実を描ききることの邪魔をしちゃったりしてませんかね。くらいの感じか。


とはいえナタリー・ポートマンの迫真の姿に圧倒された。平日のガラガラの映画館で前の席の背もたれに抱きつき、震えながら泣いた。マチルダ教の信者なんでいくらか割り引いて聞いてもらう必要はあるが、役と同様自分の全存在をかけて演じる彼女の姿に打たれない人はないだろう。文句なしに素晴らしい。

彼女のファンとしては作品も込みで全力で褒めたいところなんだけど、多くの人同様解消しきれない違和感が残った。
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映画「麻薬3号」 雑感。

2011/05/07 20:34
先日、神戸の元町まで出かけて、元町あたりが舞台の映画「麻薬3号」を観てきた。

監督 古川卓巳
主演 長門裕之、南田洋子、大坂志郎
1958年 日活

なんといっても昭和三十年代の神戸の街の様子や、建物、港の風景などがすごくおもしろかった。映画に現れる建物のいくつかは今もまだ残っているものもあって、「あ、知ってる!」と心のなかで確認しながら観た。主人公がヤバい仕事を請け負うシーンが撮影されたジャヴァという喫茶店は、なんと今でも三宮の高架下で営業中。帰りに寄ってすっかり寂れた店内でコーヒーを飲んだ。

当時の神戸は戦争からまだ十分に復興していなくて、焼け野原みたいなところも一部残っていたようだ。混沌として、猥雑で、エネルギーに溢れてて、こちゃこちゃとちんまくて、何かが映るたびにおもしろくて懐かしくてしょうがなかった。入り組んだ裏通りの角を曲がると一体何に出くわすかかわからないような、まだいろんなモノが未分化の当時の雰囲気(僕が生まれる前だからもちろん想像)が良く出ている。街って、やっぱりワケのわからなさを含んでなければダメだとあらためて思う。整理し尽くされると街は死ぬんだわ。

ちょっと印象的なのは、坂の多い街だから、描かれる街の地べた周りは猥雑で薄汚くても、ビルの屋上や坂の上の下宿など、ちょっと高いところに上がると、そこから気持よく開けた風景が広がる。それが時々いい感じに挟み込まれてこの映画の印象をヌケの良い気持ちのいいものにしてる。そういうところもよかった。

時代から言ってもフィルム・ノワールを神戸を舞台に翻案したものなんだろう。主人公はぶっきらぼうにかっこつけてがんばってるし、当時としては斬新なトーンの映画なんだろうけれど、本家と比べるとずいぶん牧歌的だ。あるシーンで長門裕之演じる主人公のチンピラと本物のヤクザが対決せざるを得なくなるんだが、命のやりとりをしようと言うのに二人がお互い拳銃を捨てて素手で殴り合う。太陽がキラキラする波打ち際で。わははは。高校生か!とつっこみたくなるが、いやいや今の高校生はそんなにかわいくない。つっこむなら、だいぶ前の高校生か!だな。

他のエピソードも現代の感覚からすれば、甘すぎると感じるものが多いけれど、まあええやんかとも思った。
やっぱりフランス人みたいな酷薄さは日本人にはないんだからしょうがない。日本人らしさの範囲で無理なく描いたからこそイキイキとした部分もあるし、血なまぐさい映像に慣らされ鈍磨した感覚にもう一回潤いを与えてくれるような気もした。
もちろんこの時代に戻ることはできないのだけれど、これを許容した当時の人達の感覚、映画を取り巻く時代の雰囲気に触れて、今との距離を測れたような気もした。

長門裕之が若い頃は桑田佳祐そっくりなことや、南田洋子がビックリするくらいきれいなのも見ていて楽しかった。二人はこの映画がなれそめかなあ。とか、あれやこれやいろんなコトを思いながら観た。

映画史に残る傑作ではないけれど、当時の新しい映画の感覚を取り入れよく工夫されている。夢いっぱいに映画作り関わった人たちの懸命さが伝わってきて、観終わってからも気分が良かった。良作だと思う。

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サントリー オールフリーCM 三浦友和と榮倉奈々の組み合わせがたまらんのよ。

2011/04/29 23:57
いいねえ。




見るべきポイントはたくさんあるが、今回はセリフ。
「ねえ、パパ」
「んんー?」
「なんでもないー。」

って、うまいねえ。ほんとに。
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Amazonすごいなあ。返品送料まで無料だった。

2011/04/24 02:01
昨年11月1日、Amazonが全商品の配送料を無料にしたのには驚いた。なにしろ250円とか300円の商品を一個だけ買ってもただで玄関まで運んでくる。え、、?どういいうこと? ちょっと待ってくれ、配送料って確か1個七百円ぐらいかかるよな。それがタダってなに?  不思議でしょうがないがどれだけ首をかしげようが今日も淡々と320円のセロテープ1個とかが各地でで運ばれ続けている。おそらく日本中にハコビーと呼ばれる亜種が存在してて、彼らはとにかくいつも何かを運んでないと死ぬんだと思う。

それだけでも十分驚いてたが、先日さらに驚くことが。
ペンタブレットを買ってみた。長く使ってるのがあるが、ふと新しいのはどのくらいかしこくなってるか気になった。あれこれ見てるとなんだかずいぶん使いやすくなってる様子。勢いでポチッた。当然翌日淡々と届いた。しかし使ってみたら思ったほどじゃなかった。半日使ってみた結論は「なーんだ、いらねー。」
しょうがないからオクで売ろうと思ってたんだけども、「待てよ、返品したらどうなるんだろ」と思い立って調べてみたら、なんと全額返金、送料も無料と判明。手数料的なもんも全然いらない。えええええ。
返品理由の選択項目があって、もしかすると、その内容如何で変わるのかもしれないけれど。

とにかくさっそく返品、二日後にはサクっと「返金処理終了しました。」の通知。
もうね、なんかね、どういうかね、すごいなあっていうか、ありがたいのにうまく納得できなくてぼーっとしてる。
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原発より餅の方がはるかに危険だ。という説。

2011/04/07 09:59
ネット論壇の某有名人が「原発事故で死者は出ていない。原発は自動車よりも安全だ。」と珍説を振りまいている。をいをいだいじょうぶか。

そんな理屈が通るなら、原発よりも餅の方が危険ということになる。餅を喉に詰めて亡くなる人は年間数百人以上。事故死者のない原発とは比較にならないくらい危険だ。どうする。来年からお雑煮は格納容器の中で食べるのか? 
タンスの角はどうだ? あぶないぞ。僕は原発で骨折したことはないが、タンスの角で足の小指を骨折したことがある。どうだ? 完全にタンスの角のほうが原発より危ないということになる。それでいいのか?

言うまでもないが、誰でも危険なものには慎重に対処し、危険でないものには油断する。だからこういう逆転も起こるわけだ。だからといって餅が原発より危険だとは誰も言わないし、車のほうが危険というのも間違っている。

原発をやめるべきか、あるいは続ける道もあるのか僕にはまだわからないが、いくつもの欠陥がだんだん明らかになるに従って、やっぱり原発はやめた方がいいんじゃないかと考えるようになった。

原発は万一にも事故を起こさないよう安全にできていなければならない。当たり前だ。しかし今回、その構造も、運用も、監視する制度も欠陥だらけのボロボロだということがわかった。微細な欠陥が潜んでいたというのではない。特に安全を評価する仕組みは馬鹿馬鹿しいほどデタラメだった。そしてさらに、起こってしまった事故に対しての無策ぶりは世界を慌てさせている。

昨日も福島原発三号炉の設計者である上原春雄佐賀大学学長が、会見で「外付け循環方式の冷却方法を提案したが受け入れられなかった」と明かした。
http://www.ustream.tv/recorded/13809885
上原氏は「任せてもらえれば、収められた」とはっきり口にしていた。

東電が大学への寄付などで教授たちを手懐け想定される地震の大きさを低く見積もらせていたことも、設計の前提をはるかに超える津波の可能性を確認していながらあえてそのデータを隠していたことも、経産省・原子力安全委員会・保安院・東電・原子力専門家・メディアのもたれあい馴れ合い構造も、何もかもが深刻で重大な裏切りだ。
こうした例がぞろぞろと毎日のように聞こえてくる。それらを考え合わせれば今回の事故は「想定外」どころか起こるべきして起こったと言うべきなのかもしれない。

東電幹部や安全委員たちはこうした実態を知りながら一体どうやって自分を納得させていたのだろう。事故もありうると考えていた疑いさえ浮かぶ。自分は遠く安全圏に暮らしながら。

何しろはっきりしたことは、今の制度は全く役に立たないということだ。なんたら委員会などというものは気休め以上に機能することはない。身を呈して警鐘を鳴らすヒーローも制度の内部からは登場しなかった。

それでも日本が原発を選ぶという可能性はまだ残るだろうか? おそらくは今後の収束のさせ方次第で大きく変わるんだろうと思う。汚染が広がれば日本の推進派が如何に巧妙に国内を誘導しても世界が許さないという形で原発を捨てることになるのかもしれない。

もしも何らかの理由で存続させるしかないとしても、電力会社や、政府や、なんとか委員会に安全を委ねるような制度は絶対にダメだ。「想定外」連呼で真っ先に責任逃れを考える専門家などというものがあてにならないことは十分わかった。

誰かに安全を委ねるのではなく、国民一人ひとりがその危険を十分に理解し、関わり、自分で責任を負う制度を作り出すしかないように思う。

「私は反対だったんだ」が許されない方法で結論を出し、国民一人ひとりが安全を担う当事者になるという仕組みは作れないだろうか。そういう重い負担を強いるやり方が唯一正しい方法ではないかと思い始めている。
徹底的に情報を開示し、全員が当事者として議論し、原発ありなしのメリット・デメリットを理解し、直接採決に参加し、運用上の安全維持にも当事者として参加する。

これまでとは比較にならない手間とコストが必要になるが、これまでのコストの算出の仕方が詐術だったのだ。

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