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TWO 2 SIXTY
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ツーツーシックスティ CM演出家 斉藤五十八(齋藤五十八)のブログ。映像のこと、広告のこと。
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「川の底からこんにちは」感想(荒んだ)

2011/12/04 00:48

川の底からこんにちは
ちょっと面白かった。
満島ひかりをこました監督の仕事だと思うから反感バリバリで見たんだけれども、所々笑ってしまった。

わざとらしいなと思うところもないではないが、救いようのない糞映画ではないということは認めざるを得ない。(しぶしぶ)

歌のシーンはすごくよかった。
エンディングのグズグズ感も好きだた
結局究極の応援歌みたいな映画ってことやね。もう、底からすくい上げますよっていうね。すくい上げるだけなんどけどね。そこが悪くないところやね。

でもやっぱり満島ひかるとのことを想像するとむかつく。
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音声認識メールの精度が更に凄いことに

2011/12/04 00:01
以前iPhone の音声認識メールというのを使っていた。かなり認識率は高いのだけれど、時々間違えるのを修正するのが面倒で使わなくなっていた。

最近また、すごく認識率が良いという評判を聞いたので改めて再インストールした。
使ってみると確かに認識率が上がっている。ここまでの文章で修正は2カ所。これなら使えそうだ。

それにしても一体どうやって言葉を認識しているのか不思議でしょうがない。
クラウドで処理しているからできるのだというけれども、わかったような分からないような。
大阪弁を試すとやはり認識率は落ちるが、かなり頑張る。

ーーーーーーー
大阪(弁)でもきっちり認識してみせたらそらいない(えらい)もの(ん)なんやけどなかなかそうはいかんわな
ーーーーーー

もしかすると自動音声認識で書かれた小説なんていうのももう存在しているのかもしれない。


追記
訂正する。しばらく使ったら不都合がいろいろ。ちょっと特有の言い回しになるとがたっと認識率が落ちる。固有名詞も手間取ること少なくない。例えばラグビー観戦記事なんか書こうと思うと使えない。やっぱりだんだん使わなくなってきた。ビジネス文書的なもんとか、なるたけ一般的な言い回しで書くならとても強力なんだけどね。
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こっそり書くけどFacebookてちょっとだけアレなことない?

2011/11/24 14:01
すごいいいもんなんだと思うよ、
活用しないとなと思ってる。

んだけどねえ。
なんだろあのFacebookに漂う前向きエネルギー。

みんなが爽やかな笑顔を浮かべて、ポジティブに語り合ってる雰囲気。
充実感を披露しあって褒めあってる感じになんか尻込みしてしまうわ。

いやいや、ぜんぜんいいことです。
拝見してます。感心したりしてます。

いや、そのうちちゃんと参戦するんやとおもいます。けどね、なーんかね。てんてんてん。

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なかなかブログを更新する気にならない

2011/11/24 00:54
なーんか書く気が起こらない。
Twitterで吐き出すからってのもそうだが、もう一個理由に気がついた。

やっぱりあの震災だ。
あまりにも重大な事態を前に、ヘラヘラと適当なブログ書くのが申し訳ないような、ちょっとあんまり気がすすまない感じになってるのだわ。

いろんなことに怒り過ぎたってのもある。
全方位に罵倒を吐き出してしまいそうで、いかんいかん、今は書かないほうがと本能が、、


まあ、それでもまた書こうと思いはじめてもいる。
気楽に、ヘラヘラも混ぜながら、大しておもしろくもないが、気が向いたときにおつき合い下さい。

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ラグビーW杯、オールブラックス戦でのジャパンの大敗は次の二勝を劇的に盛り上げるための布石なのだ。

2011/09/18 17:59
ばさーっと、大敗してしまった。
普段からラグビーを見ていない人たちがたくさん見てくれたと思うけど、がっかりさせてしまったのがくやしい。

もちろん、分かってる人はみんな接戦できるなんて思ってない。ありえない。

僕は、50失点以内に抑えれば大殊勲と思って見てた。それなら感動して泣きながら酒が呑めた。それくらい差がある。
50失点以内なら、がっかりするにわかファンに「ちゃうねん。がんばってん。すごかってん。」って説明してまわった。

それでも83失点はやっぱりとられすぎ。残念。

いや、実力差通りの結果ではある。まあ、力の差はこのくらいだ。主力を温存しての結果と考えれば検討したとも言える。

でもねえ。古くからのラグビーファンはそう思えるけど、「お、ラグビーってW杯やってんの?へえー、見てみるか。」ってくらいのひとは、なんだ、観るんじゃなかった。ってなるよな。

あーーーーー。
くっそーーーー。
確実に強くなってきたんだけどなー。

密集サイドのゴリゴリのパワー突破を止める力は世界に劣ってなかった。
攻撃のブレイクダウンも頑張った。
スピードと小さいつなぎで小さな穴を突く攻撃は通用した。日本が余裕で回してチラッとオールブラックスの慌てる顔も見た。
なんだけどなーーー。

一部通用してもやっぱりオールブラックスはずーっと遙か遠くにいる。


1995年にオールブラックスに145点差負けした。あれでそれ以降の日本でのラグビー人気は凋落した。
そこからじわじわ十六年かけて日本ラグビーは立てなおしてきたんだけど、それをご破算にしてしまうかどうかは残す二戦、トンガ・カナダ戦にかかっている。そこで勝てなければ、あのショックをまた繰り返すことになる。

残す二戦は日本ラグビーの今後10年を左右する戦いになる。
なんとしても進化を見せてトンガ、カナダに快勝しなければならない。

そういう重圧の中だけど、それを力に変えて彼らはきっとやってくれる。そういう予感がしてる。
見逃すな。




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よい広告

2011/09/18 16:50
クレラップは、端っこを取り出しやすいように小さな工夫がしてある。
常識? 知らなかった。


画像
ほんとに引き出しやすい。


画像
閉めても顔がのぞく。
やあ、キミえらいね。


こんなふうにすっとこちらの気持ちに入って来るってなかなか大したことだと思う。めったにラップを手にしないおっさんの心にまで届いたんだから、日常的に使う人にはかわいい、とか、愛着っていうような感情としてしっかり残っていると思う。
いかにも広告然としてないけど、これはまちがいなく「よい広告」。


よい広告ってなんだろうとずいぶん長く考え続けてきたけど、未だに答えに近づいた感じはしない。十代の頃、ぼんやりとテレビを見ながら直感的によいCMを選別してた。あの頃のほうがよい広告とは何かを知っていたかもしれない。

よい広告を見失いそうになってないか時々確認するには、自分の頭の中に「よい広告」をピンナップしておくのがいい。この小さな工夫と、それにつながっている広告の仕組みは今んとこ真ん中にピンナップした。


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なでしこジャパンすごかったねー。解説はもっと解説してくれんかな。いまいちわからん。

2011/07/18 14:54
展開が神がかってたね。うそみたい。
取られて追いついて、取られて追いついて。さいごには、PKでの集中力で圧倒してた。すごいかっこよかった。

延長線で追いついたときには夜中に「うっわー!」っておもいっきり叫んでしまった。ご近所ではちょっと不審がられてるかもしれない。

しかし、やっぱりサッカーって見慣れてないとわからんね。むつかしい。
前半の前半一方的に押されてて「わ、こらあかん。」と思った。
決定的な場面も何回も作られたしね。四点くらい入っててもおかしくなかったんとちがうかな。
やっぱアメリカは強いんやなーと。

それがだんだん日本が持ち直して、ボールキープできるようになるし、チャンスも作れるようになっていった。
やるなー、日本すごいなと思いながら、その変化の要因がいまいちわからん。
やられっぱなしの時は何が悪くて、何を替えて良くなったん?

そのあたりもっとしゃべって欲しいなあと思った。


今このタイミングでラグビーと比べんでもいいとは思うけど、比べるけど、そういうところはラグビーのほうが見てわかる。ラグビー難しいってみな言うけどそれは細かいルール。負けてる時何が要因かは素人でもわかる。

例えば先日のサモア戦ではディフェンスのシステムは崩されてないけど、一対一のタックルが甘くてやられた。そこを改善すれば負けない。それは誰が見てもそう。或いは密集のボール争奪でやられてるから、そこにもっと人数かけるように変えるとか。

もちろん目利きでないと分からんこともあるけど、サッカーよりはずっと簡単だと思うなあ。どちらがいい悪いって話ではなく。

で、言いたいのはその分かりやすくて見てておもしろいラグビーのワールドカップが、9月から始まるよ。めちゃくちゃ激しくて面白いよ。日本はがんばってるよ。
ってこと。

なでしこジャパンすっげー!スポーツ最高!次はラグビーだ!

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個人的にメリル・ストリープのベストは「プラダを着た悪魔」。

2011/06/23 14:29
久しぶりに「プラダを着た悪魔」を観た。
最初の印象と変わらず、よく寝られた脚本に沿ってストーリーが小気味良く展開するのが楽しい。

面白さの震源地は、メリル・ストリープ演じるファッション雑誌の編集長。
タイトルに悪魔とあるように、発した言葉には一言の質問も許さず、絶対服従を強いるファッション業界の大立者。これがハマっている。

メリル・ストリープはデビュー当時からその演技力が注目された。実力派とか、演技に定評のあるとか枕詞がたいてい付いてくる。そのとおりなんだろうけど、いくらかそれが重く感じさせることがある。演技派としての自分、っていう自意識。いや、批判的に言うつもりじゃない。
ただ、今回はいつもより軽い。のびのびと楽しんでる風でもある。それが良かったと思う。だからこちらもその鉄面皮を、鉄面皮の影の涙をそのまま受け取ることができた。

ひとつは彼女の演るスタイルが、いくらかカリカチュアされた役柄、作品のトーンと相性がいいということだと思う。

ふたつめは、この映画がお気楽に楽しんでもらうコメディ映画だということ。メリル・ストリープも肩の力が抜けている。彼女のキャリアの中ではメインディッシュじゃない。デザートみたいなものと彼女自身が位置づけてるんじゃないかと思う。デザートだから手を抜くわけではもちろんない。気持ちが軽い。

みっつめは更に勝手な想像。妄想。
俳優と監督にはやっぱり相性みたいなものがあって、これが案外大きいと思う。所作の一つ一つ全てに意味を持たせる監督もいれば、素材の配合には十分気を配るが、混ぜあわせてみた後は放置。ほとんどたまたま浮かび上がってきたものを上手に掬いとる監督もいる。
デヴィッド・フランケル監督がどういうタイプかわからないが、ググッてみるとセックス・アンド・シティの初期TVシリーズを監督している。想像するに俳優たちをリラックスさせるのがうまくて、事細かに突き詰める監督じゃない気がする。脚本をよく練って、シーンにくっきりとした役割を与えたら後は気楽にどうぞ。ま、憶測だが。

なにしろメリル・ストリープはこの作品の仕上がりを見て、「おや」ぐらいは思ったかも。この映画の中の自分には他の作品にはない良さがある。かも。ってね。


というわけで、この組み合わせが復活するようだ。

トミー・リー・ジョーンズ、新作コメディでメリル・ストリープと夫婦役に
『グレート・ホープ・スプリングス』  http://t.co/SgPFPKg via @AcidJapan_jp

監督も相手役も二転三転してやっと決まったようだ。ジェフ・ブリッジスって話も一度あったようだ。それもかなり魅力的だが、トミー・リー・ジョーンズで落ち着いた模様。どうだろ。なんか頭の中ではしっくり着てないけど…。でも勝手な憶測の精度を確かめる意味でもちょっと観てみたい気になってる。公開は来年らしい。




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犬の殺処分ゼロを目指すオーストラリアのweb video

2011/06/17 16:27
Sydney Dogs & Cats Home: Getting to Zero

http://www.bestadsontv.com/ad/37122/Sydney-Dogs-Cats-Home-Getting-to-Zero
※動画貼り付けがうまくいかないのでリンクを。たぶん会員登録必要です。


擬人化による表現が感動的だ。
長くペットを飼った人が知る犬たちの豊かな感情を、短い映像で誰にでも自然に伝えることに成功している。

日本のペット事情は先進国で最悪と言っていい状況だと、どれくらいの人が知ってるんだろう。
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ブラックスワン雑感。 煮え切らない感想が多いね。

2011/05/24 02:28
Twitterで流れてくる感想は微妙に態度保留なのが多い。すごく泣いたんだけど、感動したわけじゃない。とかね。なんかもやっとしたものが言葉の間に挟まってる。わかる。僕もこの映画をどう思っていいんだかまだいくらか持て余してる。他にも「ホラーやん。」てのもあった。これもよくわかる。

そういう微妙な評価は結局、特殊効果を交えたいくらかこけおどし的とも思える表現をどう捉えるかということかなと思う。
ホラー映画を楽しむ気分なら全然問題ない。むしろ高級な脅かし方で、大抵のことじゃ怖がらないぞと身構えてるホラー上級者の背筋を芯から凍らせることができるだろう。しかしこれはポップコーン片手に見るホラー映画じゃない。そこのところが違和感の理由だ。

この映画が目指した志の部分は評価していいんだと思う。人が高みを目指すことのその真実を描ききろうというわけだ。
いくらかの才能に恵まれた者が、それを完全なものにしようと正に血の滲む努力を繰り返し頂点を目指す。だれにでも与えられる「あなたのできる精一杯の努力をすればちゃんと神様が報いてくれるわ。」式のお手軽な頂点ではない。自分の全存在をかけて努力しても何かが足りなければなんの報いもない。その何かは真っ当なものとは限らない。薄汚いものだったり下らないものだったりする。何であれ足りなければ報いはない。そういうリアルな頂点だ。

監督ダーレン・アロノフスキーは努力を称えることはしない。全てをかけて頂点を目指すことは、全てをかけてきたからこそ底知れない恐怖との戦いでもある。アロノフスキーの興味はそちらへ向かう。なぜならそれが彼にとっての真実だからではないかと思う。ならば存分に、彼の信じる真実に向きあえばいい。ところがどうも必ずしもそうなっていない気がしている。

ナタリー・ポートマン演じるダンサーの恐怖を描くときに感じる「ホラーみたい」は、「ホラー映画みたいに怖い」ということじゃない。ホラー映画が人間をきちんと描くことよりも怖がらせることを優先させるあの感じのことだ。いや、この映画がホラー映画並みというのは言いすぎ。もしかして新しい表現で唸らせてやろうというような功名心がダンサーの真実を描ききることの邪魔をしちゃったりしてませんかね。くらいの感じか。


とはいえナタリー・ポートマンの迫真の姿に圧倒された。平日のガラガラの映画館で前の席の背もたれに抱きつき、震えながら泣いた。マチルダ教の信者なんでいくらか割り引いて聞いてもらう必要はあるが、役と同様自分の全存在をかけて演じる彼女の姿に打たれない人はないだろう。文句なしに素晴らしい。

彼女のファンとしては作品も込みで全力で褒めたいところなんだけど、多くの人同様解消しきれない違和感が残った。
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映画「麻薬3号」 雑感。

2011/05/07 20:34
先日、神戸の元町まで出かけて、元町あたりが舞台の映画「麻薬3号」を観てきた。

監督 古川卓巳
主演 長門裕之、南田洋子、大坂志郎
1958年 日活

なんといっても昭和三十年代の神戸の街の様子や、建物、港の風景などがすごくおもしろかった。映画に現れる建物のいくつかは今もまだ残っているものもあって、「あ、知ってる!」と心のなかで確認しながら観た。主人公がヤバい仕事を請け負うシーンが撮影されたジャヴァという喫茶店は、なんと今でも三宮の高架下で営業中。帰りに寄ってすっかり寂れた店内でコーヒーを飲んだ。

当時の神戸は戦争からまだ十分に復興していなくて、焼け野原みたいなところも一部残っていたようだ。混沌として、猥雑で、エネルギーに溢れてて、こちゃこちゃとちんまくて、何かが映るたびにおもしろくて懐かしくてしょうがなかった。入り組んだ裏通りの角を曲がると一体何に出くわすかかわからないような、まだいろんなモノが未分化の当時の雰囲気(僕が生まれる前だからもちろん想像)が良く出ている。街って、やっぱりワケのわからなさを含んでなければダメだとあらためて思う。整理し尽くされると街は死ぬんだわ。

ちょっと印象的なのは、坂の多い街だから、描かれる街の地べた周りは猥雑で薄汚くても、ビルの屋上や坂の上の下宿など、ちょっと高いところに上がると、そこから気持よく開けた風景が広がる。それが時々いい感じに挟み込まれてこの映画の印象をヌケの良い気持ちのいいものにしてる。そういうところもよかった。

時代から言ってもフィルム・ノワールを神戸を舞台に翻案したものなんだろう。主人公はぶっきらぼうにかっこつけてがんばってるし、当時としては斬新なトーンの映画なんだろうけれど、本家と比べるとずいぶん牧歌的だ。あるシーンで長門裕之演じる主人公のチンピラと本物のヤクザが対決せざるを得なくなるんだが、命のやりとりをしようと言うのに二人がお互い拳銃を捨てて素手で殴り合う。太陽がキラキラする波打ち際で。わははは。高校生か!とつっこみたくなるが、いやいや今の高校生はそんなにかわいくない。つっこむなら、だいぶ前の高校生か!だな。

他のエピソードも現代の感覚からすれば、甘すぎると感じるものが多いけれど、まあええやんかとも思った。
やっぱりフランス人みたいな酷薄さは日本人にはないんだからしょうがない。日本人らしさの範囲で無理なく描いたからこそイキイキとした部分もあるし、血なまぐさい映像に慣らされ鈍磨した感覚にもう一回潤いを与えてくれるような気もした。
もちろんこの時代に戻ることはできないのだけれど、これを許容した当時の人達の感覚、映画を取り巻く時代の雰囲気に触れて、今との距離を測れたような気もした。

長門裕之が若い頃は桑田佳祐そっくりなことや、南田洋子がビックリするくらいきれいなのも見ていて楽しかった。二人はこの映画がなれそめかなあ。とか、あれやこれやいろんなコトを思いながら観た。

映画史に残る傑作ではないけれど、当時の新しい映画の感覚を取り入れよく工夫されている。夢いっぱいに映画作り関わった人たちの懸命さが伝わってきて、観終わってからも気分が良かった。良作だと思う。

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サントリー オールフリーCM 三浦友和と榮倉奈々の組み合わせがたまらんのよ。

2011/04/29 23:57
いいねえ。




見るべきポイントはたくさんあるが、今回はセリフ。
「ねえ、パパ」
「んんー?」
「なんでもないー。」

って、うまいねえ。ほんとに。
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Amazonすごいなあ。返品送料まで無料だった。

2011/04/24 02:01
昨年11月1日、Amazonが全商品の配送料を無料にしたのには驚いた。なにしろ250円とか300円の商品を一個だけ買ってもただで玄関まで運んでくる。え、、?どういいうこと? ちょっと待ってくれ、配送料って確か1個七百円ぐらいかかるよな。それがタダってなに?  不思議でしょうがないがどれだけ首をかしげようが今日も淡々と320円のセロテープ1個とかが各地でで運ばれ続けている。おそらく日本中にハコビーと呼ばれる亜種が存在してて、彼らはとにかくいつも何かを運んでないと死ぬんだと思う。

それだけでも十分驚いてたが、先日さらに驚くことが。
ペンタブレットを買ってみた。長く使ってるのがあるが、ふと新しいのはどのくらいかしこくなってるか気になった。あれこれ見てるとなんだかずいぶん使いやすくなってる様子。勢いでポチッた。当然翌日淡々と届いた。しかし使ってみたら思ったほどじゃなかった。半日使ってみた結論は「なーんだ、いらねー。」
しょうがないからオクで売ろうと思ってたんだけども、「待てよ、返品したらどうなるんだろ」と思い立って調べてみたら、なんと全額返金、送料も無料と判明。手数料的なもんも全然いらない。えええええ。
返品理由の選択項目があって、もしかすると、その内容如何で変わるのかもしれないけれど。

とにかくさっそく返品、二日後にはサクっと「返金処理終了しました。」の通知。
もうね、なんかね、どういうかね、すごいなあっていうか、ありがたいのにうまく納得できなくてぼーっとしてる。
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原発より餅の方がはるかに危険だ。という説。

2011/04/07 09:59
ネット論壇の某有名人が「原発事故で死者は出ていない。原発は自動車よりも安全だ。」と珍説を振りまいている。をいをいだいじょうぶか。

そんな理屈が通るなら、原発よりも餅の方が危険ということになる。餅を喉に詰めて亡くなる人は年間数百人以上。事故死者のない原発とは比較にならないくらい危険だ。どうする。来年からお雑煮は格納容器の中で食べるのか? 
タンスの角はどうだ? あぶないぞ。僕は原発で骨折したことはないが、タンスの角で足の小指を骨折したことがある。どうだ? 完全にタンスの角のほうが原発より危ないということになる。それでいいのか?

言うまでもないが、誰でも危険なものには慎重に対処し、危険でないものには油断する。だからこういう逆転も起こるわけだ。だからといって餅が原発より危険だとは誰も言わないし、車のほうが危険というのも間違っている。

原発をやめるべきか、あるいは続ける道もあるのか僕にはまだわからないが、いくつもの欠陥がだんだん明らかになるに従って、やっぱり原発はやめた方がいいんじゃないかと考えるようになった。

原発は万一にも事故を起こさないよう安全にできていなければならない。当たり前だ。しかし今回、その構造も、運用も、監視する制度も欠陥だらけのボロボロだということがわかった。微細な欠陥が潜んでいたというのではない。特に安全を評価する仕組みは馬鹿馬鹿しいほどデタラメだった。そしてさらに、起こってしまった事故に対しての無策ぶりは世界を慌てさせている。

昨日も福島原発三号炉の設計者である上原春雄佐賀大学学長が、会見で「外付け循環方式の冷却方法を提案したが受け入れられなかった」と明かした。
http://www.ustream.tv/recorded/13809885
上原氏は「任せてもらえれば、収められた」とはっきり口にしていた。

東電が大学への寄付などで教授たちを手懐け想定される地震の大きさを低く見積もらせていたことも、設計の前提をはるかに超える津波の可能性を確認していながらあえてそのデータを隠していたことも、経産省・原子力安全委員会・保安院・東電・原子力専門家・メディアのもたれあい馴れ合い構造も、何もかもが深刻で重大な裏切りだ。
こうした例がぞろぞろと毎日のように聞こえてくる。それらを考え合わせれば今回の事故は「想定外」どころか起こるべきして起こったと言うべきなのかもしれない。

東電幹部や安全委員たちはこうした実態を知りながら一体どうやって自分を納得させていたのだろう。事故もありうると考えていた疑いさえ浮かぶ。自分は遠く安全圏に暮らしながら。

何しろはっきりしたことは、今の制度は全く役に立たないということだ。なんたら委員会などというものは気休め以上に機能することはない。身を呈して警鐘を鳴らすヒーローも制度の内部からは登場しなかった。

それでも日本が原発を選ぶという可能性はまだ残るだろうか? おそらくは今後の収束のさせ方次第で大きく変わるんだろうと思う。汚染が広がれば日本の推進派が如何に巧妙に国内を誘導しても世界が許さないという形で原発を捨てることになるのかもしれない。

もしも何らかの理由で存続させるしかないとしても、電力会社や、政府や、なんとか委員会に安全を委ねるような制度は絶対にダメだ。「想定外」連呼で真っ先に責任逃れを考える専門家などというものがあてにならないことは十分わかった。

誰かに安全を委ねるのではなく、国民一人ひとりがその危険を十分に理解し、関わり、自分で責任を負う制度を作り出すしかないように思う。

「私は反対だったんだ」が許されない方法で結論を出し、国民一人ひとりが安全を担う当事者になるという仕組みは作れないだろうか。そういう重い負担を強いるやり方が唯一正しい方法ではないかと思い始めている。
徹底的に情報を開示し、全員が当事者として議論し、原発ありなしのメリット・デメリットを理解し、直接採決に参加し、運用上の安全維持にも当事者として参加する。

これまでとは比較にならない手間とコストが必要になるが、これまでのコストの算出の仕方が詐術だったのだ。

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タバコ始めた。COHIBA mini (コイーバ・ミニシガリロ 10s)

2011/04/01 16:35
タバコをやめておよそ三年。
あるときふとやめてみたんだが、そしたらそのまま大してほしいとも思わずすっかりやめていた。だからみんなに不思議がられるけど、「絶対にやめないといけない」って気負いもなく、なんとなくやめたから楽だったのかも。もともと吸っていた量が少なかったせいもある。

その後も欲しくてたまらないってことは全然なく、たまに酒の席で人が吸ってるのを「おいしそうやなー、一本ちょうだい。」ってもらいタバコしてるが、それもその時だけ。翌日すごく欲しくなったりはしない。

やめておきながらなんだけども、今でも世間が言うほどタバコが体に悪いとは思ってない。過剰に吸うのは良くないだろうけど、例えば食後に吸うぐらいならきっといい効果のほうが大きいんじゃないかと思ってる。
美味しいタバコでフワーッと緊張がほぐれて、ゆったりした気分になれる。で、よし、と切り替える。そういう楽しみ方まで咎めるのは行きすぎじゃないかと思う。

というわけでシガリロを買ってみた。COHIBA mini。正確にはミニシガリロ、と言うらしい。

画像


普通の紙巻たばこより細いのが十本で1450円。高級品やね。
香りはいい。詳しく説明できないが、木みたいな、森みたいな複雑で落ち着く香り。甘さはない。
最初っから両端切ってあるから、火をつけるのも吸うのも特に紙巻と変わらない。

細くても葉巻だから、燻らせるものなんだけど、つい肺まで吸い込んでしまう。強い。三回くらい吸ったらくらっときた。吸い込んじゃだめ(笑)。

太い葉巻のコイーバも吸ったことはあるけど、それに比べれば香りの濃密さははるかに及ばない。けど、うまい。満足。
見た目も大層すぎなくていい。細いのにきちんと丁寧に巻いてあって、キューバの人案外几帳面だな。きれいに巻いてあってもそこはやっぱり葉っぱだから一本ずつ形も色も微妙に違う。そういうところもいい。
他のも試してみたくなった。
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映画「悪人」雑感

2011/03/24 17:00
んーんんん。



ラストシーンが、とても美しかった。

深津絵里に魅せられた。すばらしい。最高。神。

なぜ「悪人」というタイトルをつけたのかよく分からない。原作は読んでいないが、この映画で妻夫木聡演じる主人公は最初から最後までちっとも「悪人」じゃない。弱虫ではあったが。
いろんなスタッフから妻夫木くん本人の評判を聞くが、それによると彼は端から端までとても感じのいい善人。そのイメージが主人公から消えることはなかった。今回の役柄にはそれが合っているから文句はないはずなんだが、「悪人」というタイトルからこっちが勝手に不気味な悪人像をイメージしてて、それに比べて甘い、となんだかよくわからない理不尽なことを思った。

そのことは別にしても、人間の捉え方が単純すぎるだろうという印象は残る。

満島ひかりやばいな。

柄本明と樹木希林は禁止。二人を振り回して殴り倒せる監督でなければ二人に触れてはいけない。いるのか。
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いいなあ。Lynx Excite Angel Ambush London Victoria

2011/03/16 14:36
バカバカしくて、可愛くて、泣けた。




え、なになに?って段階でもうみんな笑ってる。
いいアイデアって結局人を元気にするってことやね。

で、LINX(AXE)ってこうやって次々に人を楽しませることそのものがプロダクトやね。そこがおもしろい。
実効がどの程度か知らないけど、買う人もまるまる信じてるわけじゃない。この楽しさを買ってる、が半分くらいはあるかなと思う。
だからLINX(AXE)は、休むことなく次々に面白いアイデアで世の中を騒がせ続けないといけないんだけども、それがあんまり大変そうに見えない。気楽に遊びながらやってるんじゃないかなあ。いや、そうだとしたらすごすぎるんだけれども。
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東北地方太平洋沖地震。疑問二点。

2011/03/13 12:34
あまりの凄まじさに、いったい何がおこっているのかまだうまく把握できていない気がする。
亡くなられた方々へのご冥福を祈る。これ以上ひどいことが起こりませんように。助けを待つ人たちに一刻も早い救援の手が届きますように。

刻々と明らかになる惨状を見つめながら、疑問に思うこともある。

一点は原発事故報道。枝野官房長官は原発事故の状況を実際より軽く伝えて、訂正することを繰り返した。
なぜだ? そんなことに何の意味があるのか分からない。パニック? もしも正しい情報を流すとパニックを引き起こすと思っているならその根拠を。そんなものがあるとは思えないのだが。

正確な情報が的確に伝えられれば周辺住民も日本全体もパニックを起こすことはないのではないか。パニックを起こさないために重要なのは政府に対する信頼だ。真実が伝えられているだろう、避難・退避の誘導が最良の方法で行われるだろうという感触だ。
逆に言えば、「あれはまあ、何というか、少し嘘でした。いろいろ事情がありまして、ごにょごにょ…。半径二十キロ逃げてください、あ、やっぱり十キロでも大丈夫かな。」とやればパニックを引き起こす可能性を高めることができる。

枝野官房長官だけじゃなく、広く一般にも刷り込まれている「事実を伝えるとまずい」という思い込みは、災害映画などがストーリーを盛り上げるために採用する政府側の典型的な無能対応によって植え付けられた根拠のないイメージなんじゃないかと疑っている。


もう一つは、海外からの救援隊をもっともっと迅速に受け入れることはできないのか、ということだ。
正確な情報を十分集めて慎重に検討して救援計画を立てて、、、、という暇はない。今現在も生死の瀬戸際で救援を待つ人たちが瓦礫の下に無数にいる。

大災害が起これば、例えば、首相の宣言一つで、海外から救援隊を即座に受け入れ、どんどん活動してもらうことはできないのか。それを阻むのが何なのかもう一つよく分からない。
海外からの救援隊が実は同時にスパイ活動もしている、という話もあるが、それがどうした? 別にいいじゃないか。
かえって現場が混乱すると考える人もいるだろうが、それならそうならないための準備を平時に整えておけばいい。

例えば、「もしも大災害があり、当事国が望むなら、取り決めの範囲で、自由に救援活動できるようにしましょう。」とか話し合っておけばいいんじゃないのか。もうやってるのか? だいじょうぶか?

今回のような大災害のケースでは政府も全然状況を把握できてない。だから受け入れられないってのはかんべんしてくれ。
情報収集も全部頼めばいいじゃないか。メンツは捨てて。とんでもない大地震なんだからしょうがない。
必要があれば、「情報収集も、その分析も、分析に基づいて最適な救援方法を考えることも、その部隊の移動も、食料も、救助者の搬送も、救護所の設置も、全部何もかもやってくれる部隊に来てほしい。」と頼めばいいじゃないか。

可能性としては政府機能そのものが失われる大災害だってありうるのだから、全部丸投げで頼むってのは全然おかしなことじゃない。

そうした自律的な部隊と日本側がどう連携するかはそれこそ「優秀な」官僚諸君が完璧に考えてくれるだろう。そのために超一級の頭脳をそろえているのだ。




今は批判してる場合じゃないのかも知れないとも思う。なかなか捗らない状況に苛立ってとにかく誰かに文句を言いたいって気持ちも僕の中には確かにあるが、もっともっとしっかり考えてくれ、助けてくれと思う気持ちも本当だ。

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2011/03/12 09:57

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「ヒア アフター」 クリント・イーストウッド最高傑作。

2011/02/23 15:42
所謂ネタバレはないが映画は何も知らないで観た方がいい。僕は今回どんな映画かということも、ヒア アフターの意味も知らずに観た。監督や俳優をとても好きになるとたまにそういうことが出来る。



これまで個人的には「ミスティック・リバー」がイーストウッド監督作品の中で一番だと思っていたけれども更新された。「ヒア アフター」が一番だ。 いちいち順番つけなくていい? まあ、そうかも。

なにしろこの映画は見事な巧みさで人が生きること死ぬことを描いている。マット・デイモン演じる霊媒師をまさに媒介にすることで、人はいったいどうやって死を受け止めるのか。そしてその後を生きるというのはどんなふうなことか、落ち着いた調子で丁寧に捉えている。そこにはある種の正直さが存在し、人が生きることの全体に触れたような気さえするのだ。

それを可能にしているのはやはりイーストウッドマジックだ。イーストウッドマジックとは彼の映画でしかお目にかかれないある種のトーンのことを指す。
言葉にするのが難しいが、そのトーンとは言ってみれば映画とのつきあい方の気安さみたいなものだ。彼の映画にはどこにも力みがない。作り手側も、演じる側もいつも程良くリラックスしていることが伝わってくる。むろん高い集中力を保ちながら。
画面から伝わってくるモノに無駄な力みがないから観る側からもいらぬ力みがほどける。力みがとれると全てがよく見えるようになる。

今回はCGをふんだんに使った大がかりな災害シーンがあるが、そういうスペクタクルシーンでさえ不思議なことにどこか静けさを湛えている。平和なリゾートを突然おそう災害に一人の女性が非業の死を遂げるのだが、それをどこか高みからいくらか穏やかに見ている自分に驚かされることになる。

なぜ彼だけにそんなことが可能なのかと、特に映像制作をよく知る人ほどそう思う。以前にも書いたが、聞くところによるとイーストウッド監督は相当多くを撮影監督にまかせてしまうこともあるそうだ。アングルもカメラワークもカット割りも。それが事実ならそれこそが彼の映画の神髄なのかもしれない。生まれ持った資質も、経験も、そして年齢も大いに関係あると思うが、彼は彼にしかできない方法で映画監督という強烈な自意識を自在に手なずけているということの証ということだろう。
それは考えれば考えるほど困難なことだ。誰にも出来ない。やはりクリント・イーストウッドだけに可能だ。そしてそういう彼だけに可能な制作態度がマジックを生む大きな要因だと思う。

そのマジックが観客に何をもたらすか、クリント・イーストウッド作品のファンはもうよく知っている。この作品にはそれが最良の形で現れていると思う。


物語の甘さに惑わされ、うっかり軽く評価してしまう評論家がいるのではないかと思う。そういう人は自分の映画の観方を再点検し直した方がいい。ただ観るということが出来なくなっている疑いがある。休むべきだ。この映画の魅力は向こうから主張してきてはくれない。だからニュートラルな意識で向き合わないと、残念ながらマジックは姿を現さないのではないかと思うのだ。


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