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zoom RSS 「伝統の食文化」ってホントにそんなに偉いかなあ。イルカを食べることについて。

<<   作成日時 : 2010/03/12 08:10   >>

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昨日、イルカ漁やめてもいいかなー、って書いたらスナーンが反論のコメントくれた。ちょっと酔っぱらい気味だけど、間違った先輩を正してあげなければってかんじだった。

twitterでもイルカかわいそうだしなー。とか言ってたら、知らない人から「んs;kzjhぢぷhんslkbう゛zkygb」となぜか切れ気味に反応された。ちょっとびっくりした。

「伝統的な食文化だ。」 どーん。 燦然。

気持ちはよく分かる。鯨がらみでは僕もそう思って、けっこう強硬な意見を持ってた。がいこくあほかと。だまれと。

で、これまたとんでもなく身勝手な話だが、鯨は食べてもいいと思ってたのに、イルカの話になると、漁を想像して「かわいそうかもな」と思っちゃった。船のそばに遊びに来るイルカの映像がどうしてもよぎる。須磨の水族園で見たジャンプを思い出す。

人間が自分を投影しやすい動物に同情を感じていると言うだけのことだ。身勝手と分かっている。しかし分かったところで思うものは思うし、感じるものは感じる。

「かわいそうなどと言う感情論よりも、伝統の食文化の方が大事に決まっている。」とまた誰かが喚いてそうな気がする。 でもほんとにそうか?僕は疑ってる。


十年ほど前オーストラリアの広大な牧場を訪ね、そちらの代表に色んな話を聞かせていただいたことがある。とてもおもしろかった。
その牧場では数千頭の食肉用の牛を飼っている。めっちゃくちゃ広いので管理のためにカウボーイが馬に乗って牧場内を行き来してる。代表の方も自分の馬をもっていて、時に馬で移動する。
で、その人が馬を撫でながら言った。「牛が馬みたいに感情を持った目をしてなくて良かったですよ。」と。もしそうなら辛くて耐えられないというのだ。

牛にしたらふざけんなって話だ。精一杯感情表してるわ!と思ってることだろう。しかし、人間の目にはやはり馬の方が感情豊かな生き物に見える。だからどんどん馬を食べようという気にはなりにくい。そういうもんだと思う。

何をかわいそうと思って何に対してはそれほど思わないかなんて言うのは完全に人間側の勝手な都合、錯覚、思いこみ。でも「かわいそう」とは本来そういうもんじゃない? たいていの人間は、虫よりも鳥の方に強くかわいそうと思う。なんで?ちゃんとした理由なんかない。気持ちを入れやすい形をしてるってだけのことだったりする。

その牧場の入り口近くには「畜魂」と書かれた大きな慰霊碑が建っている。そういう文化は欧米にはない。食べるものを弔ってどうすると嫌悪するそうだ。日本人は変わってる。いちいち罪を感じながら食べている。欧米の人にしても罪の意識はもちろんあるけど表したりしない。主食のように食べてるのにいちいち罪を感じてたらしんどいから、感じてないことにするんだろう。

殺して食べることは必要なことだけど罪でもある。
だとしたら、必ずしも必要に迫られていない食文化をやめることはそんなにもいけないことなのかと疑問も湧いてくる。

屠殺の方法も変化してきている。現代では電気ショックや二酸化炭素でより苦しみを少なくする工夫がされている。コストを増やしてまでなぜそんなことをする。わずかでも苦しむ時間を減らそうとするのはかわいそうだからだ。
屠殺という行為は宗教的な意味を帯びやすく、現代の僕らの感覚からすると残酷と思われる方法で屠殺されることもあった。それは伝統の文化でもある。でも時代の変化とともにやらなくなった。もし誰かが今、生け贄の儀式を望んだとしても、それを先進国で復活することはできないだろうと思う。文化は時代とともに変わる。

韓国では今でも犬を食べる。多分中国でも。そういう食文化だ。でもそのうち、さらに豊かになると犬を食べなくなるかもしれない。「外国じゃあみんな嫌がってるからさあ、若いもんはだんだん食べなくなったね。」ってかんじで。
彼らが犬を食べることで、彼らのことを残酷だとは思わないし、やめたらどうだ。と言ったりもしない。でもやめるのに反対する理由はもちろんない。


世界は時間距離も情報距離もどんどん近づいてる。そのうち色んな国にいっぱい友達がいるのが普通になるかもしれない。世界中の友達としょっちゅう行き来して飲んだり食べたり喋ったりするのが普通で当たり前になるかもしれない。

その友達たちは、友達なんだから「犬食べるのやめたら?」とか「イルカ食べるのやめなよ。」とか言わない。でもほとんどの国の人が犬を食べるのはホントはすごく残酷に感じてることを知っている。本音ではイルカを殺してほしくないと思ってると知ってる。だとしたら僕なら「イルカ食べるのやめてもいいかなー。」って思う。

日本人はありとあらゆる食文化を楽しんでいる。これからも楽しむ権利がある。イルカを食べる権利もある。でもその食文化って絶対に変わったりなくなったりしてはいけないとも思わない。

「イルカを殺してまで食べなくてもいいかな。かわいそうだし。」とホントは感じてるけど、「伝統文化だ。」の自信たっぷりの勢いに気圧されて、「かわいそうって思っちゃいけないのかも」と思ってる人もいるかもしれない。
外国からの圧力に怒るけど「伝統文化様じゃ頭が高い」というのも圧力だ。


まあ、そんなわけで、ごちゃごちゃと考えてみた結果やっぱり思う。「みんなが嫌がってるんなら、やめてもいいかなー。」と。

ぜひ食べたいってわけじゃないし。
ほかにも食べるもんあるし。
今の日本にとって是が非でも守らなければならない文化でもないし。




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コメント(5件)

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マグロについてはどうお考えですか?
わたしマグロ食べないから困るーと思わないのですが。
多くの日本人は困るーって言ってますね。
rococo
2010/03/13 14:09
水銀と、絶滅と、かわいそうとみっつあるかな。

かわいそうとは思わない。でっかい食べ物が泳いでる!ものすごい速さで!大量に!!ってかんじ。

絶滅はまあ、減ったらやめればいい。種の多様性は必要なんだろう。

水銀は詳しく知らない。まあ、大量に食べるのは良くないらしい。でも、あらゆる食べ物がそう。(健康にいいと言われてるものも)何であってもそればっかりたくさん食べるのはリスクが高い。
マグロ高いからちょうどいい。

てなかんじー。
また、前みたいにすっ裸で御堂筋走ろうぜー。
isoya
2010/03/13 16:17
一番大事なのは
「かわいそうと思う心」が大事。

と改心したんです。僕。
スナーン
2010/03/14 01:39
この話題を堂々取り上げていらっしゃるので、
尊敬します・・・!
本当に恥ずかしいのですが---海豚を食べるのが、
日本の食文化だと知りませんでした。
屠殺方法も棒でひっぱたいたりとかでなく、
多少費用がかかっても苦痛のない形を考えてほしいですね・・・
*二酸化炭素って、窒息死なので苦しいらしいです。
「ザ・コーヴ」のプレゼンターはM.デイモンでした^^
piccolo
2010/03/17 01:05
piccoloさんこんにちは。
二酸化炭素苦しいんですか。知りませんでした。時々二酸化炭素中毒で気づかないうちに…なんて話を聞くもんだから、勝手に苦痛が少ないのだろうと思いこんでました。
何が正解なのかはまだ僕には分かりません。僕はこう感じていると言うことを、言いにくい雰囲気がありますよね。それにちょっと反発してるのかもです。
isoya
2010/03/17 16:44

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